Arte 葬儀は芸術 アルテふくの斎苑 Arte 葬儀は芸術 アルテふくの斎苑

連載コンテンツ葬儀屋の息子の日記

命を削って父が守ってきた会社を、次は仲間と育てていく

葬儀は人生のフィナーレ

―― こんにちは。今日も始めましょう。

葬儀屋の息子:よろしくお願いします。

―― そろそろ、ホームページのリニューアルも完了して、日記の公開も近付いているんじゃないですか(※1)?

葬儀屋の息子:もう少しですね!楽しみです。

―― そのホームページには、アルテふくの斎苑の「アルテ」について「葬儀は芸術(Arte=アルテ)」みたいな言葉が書かれています。

前々から疑問だったのですが、あの「アルテ」って誰が付けた名前なのですか? 

葬儀屋の息子:あれは、父親です。

―― その名称は、いつから名乗っているのでしょう。

葬儀屋の息子:ちょっとだけうちの歴史をさかのぼると、2002年(平成14年)にこの場所で、今の中ホール(※2)の建物を父と祖父が建てたところから始まります。

その時代、自宅とお寺で葬儀をする人がまだまだ主流でした。しかし、うちのような葬儀館で葬儀をする時代が来ると父は見越して、公営の火葬場の真横に葬儀社を立ち上げました。その時に〈アルテ〉の名前が付けられました。

―― え? あの敷地内にある火葬場ってアルテの火葬場じゃないんですか(※3)?

葬儀屋の息子:違います。敷地内に見えるかもしれませんが、目の前の火葬場は南砺市営の火葬場です。建物の雰囲気もなんか似ているかもしれませんが。

南砺市営の火葬場

―― びっくり。

葬儀屋の息子:東京のように、民営の火葬場が7割で、中国資本に買われて、利用料が吊り上げられているみたいなケースもありますが、地方の場合は、僕の認識ではほぼ10割が公営です。

―― 確かに、東京の話、ニュースになっています。そんな話もあって、地方にも普通に民営の火葬場がある、アルテも火葬場を持っていると、一般の参列者の多くは私と同じように思い込んでいると思いますが、どうでしょう。

葬儀屋の息子:公営の火葬場の真横に葬儀館を建てるという判断は祖父の狙いです。この立地は正直、アルテの圧倒的なストロングポイントだと思っています。

―― その進出時に「アルテ」の名前が付けられたと。

葬儀屋の息子:そうです。「アルテ」とはイタリア語で「芸術」を意味すると父親は語っていました。

葬儀は、人生の最後を締めくくるフィナーレであり、芸術であるという意識が父にあったため、そう名付けたみたいです。

―― 葬儀を芸術だととらえる感性、ノブくんにも負けず劣らずお父さまもさすがですね。そのネーミングのスタンスから察するに、今のノブくんと同じくお父さまも、葬儀業界の中でいろいろ挑戦をしてきた人生だったのでしょうか。

葬儀屋の息子:先ほども言ったように、自宅とお寺で葬儀をする人がまだまだ主流だった時代に、火葬場の真横に葬儀館を建てるという判断自体が大きな挑戦だったと思います。

ただ、父は、僕と状況が全く違います。当時は、板金の仕事の方が多く、月に5~10件、葬儀の依頼があるかないかのような状況でした。お客様を競合に取られないように必死な時期だったと思います。

そんな中で、新たな葬儀のスタイルを打ち出したわけですから、夢や理想どころでは正直なかったと思います。

―― ノブくんの家は板金の仕事もやっていたのですね。

葬儀屋の息子:そうです。その状態から、町の中でお客さんを生んでいかなければならない、銀行からのお金も返さなければいけない。おじいちゃんが取ってきた仕事を現場で父が回さなければならなかったし、僕たち4人の子どもも育てなければいけませんでした。

僕が帰ってきて、僕の考えをいろいろ打ち出した時、「お父さんも若いころ、同じように思っていたよ」と言っていました。僕のアイデアを、何も言わずに応援してくれる背景には、父自身も、祖父に対して、自分の意見を伝え、いろんなことを試してきた経験があるからだと思います。

その意味で父は、命を削ってアルテを続けてきてくれました。だからこそ、この人の頑張りは、僕の活躍で返さなければいけない、アルテを大きく育てていかなければいけないと今はより強く思っています。

父親は別に、アルテを大きくしてほしいなんて望んではいないと思うのですが。

仲間集めは最優先事項

―― 今、アルテをどんどん大きくしていくみたいな言葉がありました。この話は、前にも少し出てきたと思いますが、具体的な道筋として、どのようなステップを踏んで行く予定なのですか? 

葬儀屋の息子:今すぐ、分かりやすい拡大に行き急いでいるわけではありません。規模を大きくする、新規のお客さまを獲得していくための広告に対してもまだ本腰は入れていない状況です。

なぜなら、サービスが良くなる前に拡大しても、サービスの質の低下を招き、もろい組織になるだけだと思うからです。

それよりもまずは、増加傾向にある葬儀のご依頼を断らずに済むように、若くて、体力と意欲のある仲間を集める方向に頭と労力をかけたいです。

社員の栗田さん。SNSにも登場。「今や、中年の部類になりましたね。僕の感覚では若いに入りません笑」と、葬儀屋の息子から掲載写真を見て愛のあるツッコミも。

他社は、人手不足で断る機会が増えている実態がありますが、アルテでは、地方だからこそ、地元のお客さまを大切にしたいです。僕にとっての地元は福野町ではなく南砺市なので、南砺市の方からのお問い合わせであれば、仮に2~3日お待ちいただく形になっても、基本的には断らないで対応させてもらっています。

なので、人がそろい、自分がいなくても今と同等以上のサービスの質が担保されるようになったら、他の葬儀社の動向を見定めながら、出ていくという感じでしょうか。

―― 人がそろう、優秀な人材が集まる状況をつくるためには、ノブくんが繰り返し言うように、葬儀社の仕事のイメージを変えなければいけません。

葬儀屋の息子というキャラを打ち出し、SNSなどで積極的に露出するという今の活動は、将来的な事業拡大の布石としてやっていたのですね。

葬儀屋の息子:はい。そのとおりです。分かりやすく、すでに人気な産業ならいいのですが、葬儀業界はそうではありません。

そんな中で何かを伝えようと思ったら情報発信が大事になってきます。昔は、新聞などに広告を出していたと思うのですが、当たり前のように今の時代は、全世界に向けてSNSを使って発信ができます。

多くの認知を集めれば、葬儀業界に対する印象を変えるチャンスが生まれます。葬儀業界にネガティブなイメージを持たない人の分母が増えれば、一緒にやりたいと言ってくれる、志の高い人が現れる可能性も高まります。

仲間集めは最優先事項です。僕と同じ価値観を持ち、同じように考えられる人間が増えて初めて、会社を大きくするというフェーズに入っていくと考えています。

―― とはいえ、葬儀の仕事は、死と向き合わなければいけない「特殊」な仕事であるという点は変わらないと思います。

世の中のさまざまな場所から、死の体験が巧妙に遠ざけられている現代です。単純に、遺体が怖いと感じる人も多くいると思います。

もし、ノブくんに共感して、この業界に興味をもち始めたものの、その点でためらいを感じている人がいるとしたらなんて声を掛けますか? それこそ、その単純な怖さは、ノブくんにはなかったのですか? 

葬儀屋の息子:もちろん最初はありましたよ。

アルテに戻ってくる前に半年間、東京の別の葬儀社で、学びを兼ねて働いた経験があるのですが、警察から連絡があり、現場に向かってみると、皮膚がめくれている全裸の遺体を目にした場面がありました。

その時は「葬儀屋の息子なんで大丈夫っす」と平然を装っていましたが、内心はドキッとしました。

―― それは、事件か何かに巻き込まれて亡くなった遺体ですか?

葬儀屋の息子:そうです。警察から呼ばれているので。ただ今は、あまり動揺しません。その意味で、慣れるし、慣れろと言いたいです。そうでないと、プロとしてのサービスが提供できません。

例えば最近、僕も知っている同世代の方が亡くなりました。さすがに、同年代、かつ知っている方となると、お顔を見た瞬間のショックは当然あります。

でも、ショックは最初だけで、それ以降はある意味、冷徹に、冷静にご遺体を見るようにしています。言い換えれば無感情で見ます。なぜなら、僕が動揺しても何も進まないですし、ご家族のつらさや想いに勝ることは決してないと理解できているからです。

どうすれば、葬儀が終わった後に、前を向いて生きて行こうという気持ちをご家族に醸成できるか、その人との幸せだった時間を思い返せる葬儀にできるか。

それだけにフォーカスする僕の姿を見て「俺にはできない」と言ってくださる親せきの方がいらっしゃいました。しかし、この仕事に誇りを持って毎日を生きている僕の中につらいという感情はとっくにありません。

ですから、これから葬儀社に入ってくる仲間たちには、プロフェッショナルになるために、残されたご家族の心情を聞くために「慣れろ」と言いたいと思います。

いつまでも自分は生きられると錯覚している

―― とはいえ、その「慣れ」って、死に対して完全に鈍感になる、不感症になるとはちょっと違いますよね。きっと。

遺体に対する即物的な不慣れな感覚はなくなっても、死の尊厳というか、死者が与えてくれる「命の価値」に対しては常に心が開いていて、しなやかで柔らかい感受性で、大切な何かを受け止めているわけですよね。

死と向き合いながら一切何も思わない、「死」と背中合わせの「生」の尊さに何も感じなくなる、何も反応しなくなる状態では、家族の気持ちを理解した上で、想像を超えるサービスなど提供できないと思うからです。

葬儀屋の息子:もちろんです。亡くなった人に触れる・見るという経験に対しては慣れが生まれますが「本当に人は今、死ぬかもしれない」という実感は死と向き合うたびにむしろ毎回増していきます。

言い換えれば、人生の時間を無駄にしてはいけない、もっと真剣に生きなければいけないと、誰よりも僕自身が思い知らされているわけです。

今の世の中は、死に向き合う機会が少なすぎるため、いつまでも自分は生きられると錯覚している人が多い気がします。

しかし、昨日まで笑って生きていた人が亡くなったという現場に何度も立ち会っていると、人生は有限であるという事実を突き付けられます。

だからこそ僕は、葬儀の仕事が尊いと言いたいのです。その尊さを、参列者はもちろん、一緒に働いてくれる仲間たちにも仕事を通じて感じてもらいたいと思っています。その尊さは、仕事のやりがいにも必ずつながってくるはずだからです。

―― その思いが根底にあるがゆえに、葬儀の体験を豊かにする、「涙の質を高める」という発想が出てくるのですね。

これまでにノブくんは、新しい何かを始める際に、周りの評価や苦言が全く気にならないと言っていました。その強さの根源が分かった気がします。

ノブくん自身が日々の業務で死と向き合い、人の命のあっけなさを繰り返し目の当たりにして、誰よりも命の尊さを痛感しているからこそ、周りからなんと言われても、自分の道を行く強さを得られるのですね。

葬儀屋の息子:さっきの仲間探しの話に戻ると、こうした根底の部分は、SNSで僕を知ってもらうだけでは伝わらないと思います。その意味で、当たり前の話ですが、日々の葬儀こそが一番重要だと思っています。

アルテの葬儀に実際に参列し、命の尊さを伝える仕事に心底感動する人が増えれば、その分だけ、うちの仕事に興味をもってくれる人も増えると思います。

さらに、その興味をもった人がこの日記を読んでくれれば、仲間になってくれる人がいよいよ増えていくと思います。

なので、大事だと思いながらなかなか手が出せなかったこのようなコンテンツを、面白がってやってくださるマサヨシさんにはすごく感謝しています。

―― SNSで発信し、日記で語り、日々の葬儀の中でも命の尊さを伝える中で、共感してくれる仲間を探していく、その途上に今、ノブくんはいるわけですね。

その先には、真の意味での事業拡大が待っている。何か、全ての話に一本の筋が通ったような気がします。「涙の質を高める」って、格好付けて言っているわけじゃないんですね(笑)

葬儀屋の息子:もちろんです(笑)

(画面の外を見て)あ、ちょっと待って今、インタビュー中(※4)。

―― え、どなたですか?

葬儀屋の息子:母です。

―― おお! お母さんですか? どうも、こんにちは。聞こえますか? 初めまして。

葬儀屋の息子の母:(オンライン会議システムのカメラの前に座って)どちらさん?

葬儀屋の息子:インタビューをしてくださっている人。

葬儀屋の息子の母:ああ、あの雑誌の?(※5)

葬儀屋の息子:そう、その方。

―― どうも、こんにちは。いろいろ、インタビューさせてもらっています。坂本と申します。

葬儀屋の息子の母:どうも、はじめまして!

―― お母さん、随分と立派な息子さんで。私の方がだいぶ年上なのですが、いいこと言うなー、立派だなーと思って毎回、彼の話を聞いています。

葬儀屋の息子の母:いえいえ。なんか、突拍子もないことばかりやろうとする子で、母親としては心配が勝ります……汗。

―― ハハハハハ(笑)まあ、お母さんの気持ちからすると、そうかもしれませんね。

葬儀屋の息子:マサヨシさん、これ以上、母を交えて一緒に話すと俺がイライラしちゃいそうなので今日はこの辺にしましょうか(笑)

―― ハハハハハ(笑)もう、十分に記事が書けそうなので、そうですね。今日はこの辺にしましょうか。

でも、これから、こんな感じで、ちょこちょこ、お父さんとかお母さんに登場してもらうのも楽しそうですね。ノブくんが言っている言葉に、違う角度から光を当てるみたいな。

葬儀屋の息子:なるほど。まあ、確かにそうかもしれませんね。

―― とりあえず、この日記が、未来のアルテの仲間に届くように思いを込めて私も書きます。ノブくん、お母さん、今日はありがとうございました。

葬儀屋の息子の母:どうもありがとうございました。どうぞ、今後とも、よろしくお願いします。

葬儀屋の息子:ありがとうございました。

葬儀屋の息子日記メモ
※1 ホームページのリニューアルに先駆けて、インタビュー原稿を準備してきた。
※2 アルテには現在、大中小のホールがある。
※3 アルテふくの斎苑の真向かいには南砺市営の福野斎場〈紫苑〉がある。
※4 オンライン会議システムを使ってインタビューしていた場所に母親が入ってこられた状況
※5 葬儀屋の息子に最初にインタビューした小学館のウェブ媒体の話

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