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連載コンテンツ葬儀屋の息子の日記

「日本一発言力のある葬儀屋」になって、若者に憧れを生む。

今回のあらすじ

葬儀屋の息子・ノブくんは「なぜ、葬儀は暗くしなければならないの?」という前提に疑問を投げかけています。

葬儀とは、大切な人の死を通じて、残された人が自分の人生を見つめ直す「命の授業の場」。ただ重苦しい空気の中では何も生まれないと語ります。

「葬儀屋=ネガティブ」という社会の認識に対しても、そのズレを自覚した上で、あえて覆していくスタンスをノブくんは取っています。

葬儀を「命の授業」として伝え、志ある人材が集まり、業界全体が変わっていく未来を見据える、そんなインタビューになりました。

なぜ、暗くしなくちゃいけないの?

―― こんにちは、ノブくん。それでは、第2回のインタビューを始めましょう。

葬儀屋の息子:今日もお願いします!いやー、マサヨシさん、1回目のインタビュー記事、最高でした。

―― このインタビュー企画がどれだけ続くかは、インタビューする側の私が偉そうに言うのも変ですが、葬儀屋の息子にかかっています。

どれだけ語るに値する言葉を葬儀屋の息子が持っているか、何度聞いてもどれだけ掘り下げても、底が見えない人間になり続けてください。

葬儀屋の息子:そういう風に言ってくださるのは非常にうれしいですね。

無尽蔵に話が出てくる、そんな生き方をしないとつまらないと思ってる人間なので、常に挑戦して学んで、変化し続けますよ。

その上で、マサヨシさんにとっても人生の宝となるような記事を書いてもらいます。

―― ハハハハハ(笑)恐れ入ります。楽しみにしてます。

さて、そんな第1回の原稿をお互いに見直す中で「もっと楽しそうに、ワクワクと、フランクに会話している感じを出してください」という指摘がありました。

プラスして、インタビュー風景をショート動画にしてSNSで公開した投稿についても「『これって、葬儀屋さんなの?』って視聴者が混乱するような認識でつくっている」みたいな言葉がありましたね。

この考え方、すごく面白いと思います。普通、葬儀屋が出すコンテンツである以上、ふざけては不謹慎である、ちゃんとした感じを出さなければいけないと思うはずなのです。

なのに、ノブくんはその辺を全く気にしません。この辺りのマインドがすごいなーと思いますが、そもそもどうして「もっと楽しそうに、ワクワクと、フランクに」を心がけているのですか?

葬儀屋の息子:そこを掘り下げてくれますか。ありがとうございます。

一番の理由は「なぜ、暗くしなくちゃいけないの?」と、そもそもの前提を疑っているからです。

―― いきなり深い言葉が出ましたね。

葬儀屋の息子:もちろん、人の死を扱う以上、厳かで、重さを出したいという気持ちも分からなくはありません。ただ、かしこまった空気の中で生まれるものはなんぞや、という気持ちもあります。

厳かな儀式にした結果、参列者に何が生まれるのでしょうか。葬儀の主役は、亡くなった故人ではなく、参列している方々だと僕は思っています。

お葬式代は、大切な人から学ぶ命の授業料だとも思っていて、大切な人の死に直面したご家族が「もっと、自分の命や人生を大事にしよう」と感じる場所だと考えています。

その意味で言えば、ただただ暗い、重たい空気では何も生まれないと思っていて、インタラクティブ(双方向的)なコミュニケーションの中で、大切な何かを持ち帰ってもらいたいと思っています。

―― その考え方は、いつごろから持っていたのですか? 家業に憧れて「将来の夢は葬儀屋」とテレビのインタビューで答えていた子どものころからですか?

葬儀屋の息子:いやいや。さすがに、子どものころではなかったと思います。幼稚園のころは、ただなんとなく、家業の「葬儀屋さん」に対して幼いながらに誇りを持っていただけだったと思うので(笑)

記憶は定かではないですが、恐らく、大学生のころだったと思います。立命館大学に通い始めたころ、葬儀屋の息子だと自己紹介で友達に伝えると、葬儀屋を前向きにとらえていないというか「自分で名乗るもんじゃない」みたいなリアクションをした友達がいました。

幼いころは「僕の夢は、葬儀屋さんになることです!」と当たり前のように答えていましたが、世間一般の人は、僕とは違った認識を持つのだと初めて認識しましたね。

そう言われてみると、僕のおじいちゃんも父親も、ネガティブな言葉を周りからいろいろ言われてきたと言っていました。

「葬儀屋は誇らしい」と僕は思っているのに、世の中の印象は違う。そのズレが起きるのはなんでなんだろうと思い、ズレているなら変えてやろうと思い始めたのだと思います。

その「変えてやろう」という対象の中に、先ほどの「葬儀は暗くしなくちゃいけない」もありました。

例えば、亡くなった方のご家族を、葬儀業界では一般的に「ご遺族」と呼びます。実は、マサヨシさんの初回の原稿にもその言葉が使われていました。

多くの人が読むインタビュー記事だし、そのままでもいいかなとは思いましたが、やはり指摘させてもらいました。「ご家族」でいいのに「ご遺族」と呼んでしまうと、別世界に急に行ってしまうというか、悲しい感じが漂ってしまいます。もう、触れてはいけないみたいな。

他にも、誰かが亡くなったから神棚を隠すとか、寝ずの番をするだとか、そういう古いしきたりをいまだに守ろうと質問をしてくださるご家族もいらっしゃいます。

昔はそうだったので心配になる気持ちももちろん分かります。ただ、個人的には、そこまでこだわる必要はないのかなと思っています。

そのための準備に時間をかけるくらいなら、亡くなった方のことをもっと考えるだとか、家族で話をするだとか、こんな送り方をしてあげたいだとかを考える時間に充ててほしいなと本気で思っています。

そこに輪をかけて、必要もないところで必要以上に葬儀屋までが暗く、重たく、厳かになる理由はないはずです。葬儀屋は、堂々と普通に明るく仕事をすればいいと思っています。

興味を持ってくれた人に、内側に込められた能力や熱意を見せたい

―― ノブくんのすごいところはそのマインドですよね。

周りのほとんどが、葬儀屋=ネガティブな仕事だと考えていたり、葬儀では笑ってはいけないみたいな空気があったりする中で、平然と自分を貫ける理由は何なのでしょう。

昔は、それこそ20年くらい前は、私にもあった気持ちなような気がします。それでも、ここまで徹底して貫けなかったような気もします。

葬儀屋の息子:「自分(の信念)をもっている」という面と「周りの空気に興味がない」という面がバランス良く共存しているからじゃないですかね。

―― どういうことでしょうか。

葬儀屋の息子:別に、周りの空気が読めないわけではないんです。自分の言動に対して、世の中の多くの人がこう思ってるんだろうなとは想像できます。だてに29年生きていないので(笑)

でも、その世の中の反応も、経営者的な目線で言えば正直ありがたく思っているし、自分のキャラクターと立ち位置は、戦略的に言えばすごくラッキーだなと感じています。

―― ラッキーですか。

葬儀屋の息子:はい。正確にはちょっと覚えていないですが、全国には4,000~5,000の葬儀社があると言われています(※)。

その競合他社の中で自社のブランディングを行っていくと考えた時、僕のキャラクターは「この人、葬儀屋の人なの?」「マジか、おもろいな」と人に印象付けやすい側面があると思っています。

言い換えると、興味を持ってもらえる入口をつくりやすい、認知のきっかけをつくりやすいと思っています。

―― そこら辺はすごく、客観的に自分を見ていますよね。

ノブくんと同じ「信」の字を持つ織田信長も、こっけいに映ろうが、笑われようが、頓着などせず、「こうした男がいる」と初対面でかっきり相手に印象付ける能力を家臣にも求めていたそうです。

山岡荘八という昔の作家の歴史小説に書かれていました。何か、通づる部分がありそうですね。

葬儀屋の息子:ただ「まじか」「この人おもろいな」みたいな興味関心はあくまでもきっかけで入口にすぎません。その入口から入ってきてもらった上で、その内側にある能力だとか、葬儀に対する熱意だとかを本当は見せたいと思っています。

―― そうですよね。そのコアな部分があっての話ですよね。

この先、葬儀屋の息子がやっている、注目を集める方法をまねする同業のサービスが出てくるはずです。でも、その辺のコアな部分が抜け落ちていると、注目された後にかえって苦労しそうだなと感じます。

なので、葬儀屋の息子的な注目の集め方は、中身が伴わないうちは「取扱注意」という感じもします。

葬儀屋の息子:おっしゃるとおりです。僕が最初だとは言いませんし、僕より先にやっていた場所もあるみたいですが、僕と似たような動画をまねして撮影してSNSにアップしたり、僕と似たようなナレーションをやっていたりする葬儀社がこのところ目立ってきているようです。

ただ、そうした葬儀社の大半は全く脅威に感じません。なぜなら、葬儀中のナレーションにしても、表面的な部分だけをまねしているだけで、その内側にある情熱の部分が欠けていると感じるからです。

例えば、どんな内容の言葉をナレーションしているか聞くだけで、亡くなった方のご家族に葬儀屋がどれだけ寄り添って、踏み込んで聞いているかがすぐに分かります。

それに、情熱が足りていないと、たぶん続かないと思うんです。マサヨシさんも、メディアの仕事を独立して20年近くされているのですよね。情熱がないと、きっとそんなに続かないと思うのですが、どうですか?

―― そのとおりだと思います。「始める」ももちろん大変なのですが「続ける」はもっと大変だと思います。

その意味で、表面上まねをするだけではな続かないと思いますし、逆を言えば、少なくともノブくんは続くんだろうなと思います。

そこで、今日の最後の質問に移りますが、その続けた先にノブくんは、葬儀屋の息子は、何を見ているのですか? 今の活動を続けていった先に、葬儀屋の息子はどんな理想の世界を実現しようとしているのでしょうか。

葬儀屋の息子:日本一の葬儀屋になると繰り返し言っていますが、この場合の日本一とは、“日本一発言力のある葬儀社” という意味で言っています。

宗教や宗派の違い、地域文化の違いに根差した業界なので、世界進出するだとか、日本各地に進出するだとか(※日本各地は進出可能性あり)は少し、現実的な目標ではないのかなと思います。

しかし、何か葬儀に関する社会的な問題が起きた時、とりあえず「葬儀屋の息子」さんに聞いてみようみたいな、意見を求められる存在になりたいと思います。

メディアを含めてさまざまな場面で意見を求められる僕の姿を見て、若い人たちが格好いいだとか面白いと感じてくれれば、この業界のイメージを変えるきっかけになります。

現状の葬儀屋の世界は「命が尽きた人へのサービス」という印象が根強いため、志の高い人材がなかなか流れてきません。

しかし、そうではなくて、葬儀は命の授業なのだ、生きている人たちに向けたサービスなのだ、生きている人たちに命の有限性を伝える最高の仕事なのだと広く伝えられる立場になれれば、この業界のイメージが変わり、多くの人がこの業界に集まってくれるようになるはずです。

優秀な人が増えれば、この業界が変わっていく速度がますます高まっていきます。その先に、人生に迷っている若い人が救われたり、「こんなお葬式をしたい!」と語る人が増えたりする世界が待っているのかなと思っています。

―― なるほど。そこまで見据えて日々の葬儀に向き合っているのですね。ありがとうございました。

ちなみに今日は、予定があるみたいですし、インタビューはこの辺にしましょうか。

葬儀屋の息子:え、もう終わりですか? 今日はまだ、5%くらいしか力を発揮していないんですけど(笑)

―― ハハハハハ(笑)

その語り尽くせない思いは次回にとっておきましょう。デートもインタビューも、少し物足りないところで終えた方が次につながるって言いますし。

葬儀屋の息子:そんな言葉があるんですか?

―― 適当に今、つくりました。

葬儀屋の息子:適当かい!笑

―― まあ、どこかに似たような言葉があったような気もしますが。いずれにせよ、今日はありがとうございました。とても楽しかったです。次回もよろしくお願いします。

葬儀屋の息子:また、よろしくお願いします! 今回の原稿も楽しみにしています!

葬儀屋の息子日記メモ

※ 葬儀社は、許認可・届出制ではないため正確な数字は不明となっているが、業界団体加盟社、その他の企業を含めると4,000~5,000社あると言われている。

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