「子どもも憧れるキラキラした仕事」に葬儀の世界を変えていきたい。
今回のあらすじ
葬儀屋の息子・ノブくんは、24時間365日呼び出しに応じる父親の背中を見て育ちました。
夜中に仕事へ向かう姿を見送りながら、幼いころは寂しさと同時に、事故を心配する気持ちも抱えていたといいます。
しかし、家族旅行もままならないような環境ながら、家族に対して無償の愛情を注ぎ、地域に必要とされる父の姿は「かっこいい」という感情をノブくんの心に育んでいきました。
その憧れを原点に、葬儀業界のイメージそのものを塗り替え、いつか出会うわが子に「葬儀屋=すごい」と誇りに思ってもらえる世界を目指している、そんな思いが語られたインタビューとなりました。
夜中に出ていく父親を心配していた
―― こんにちは、葬儀屋の息子を今日も掘り下げていきましょう。
葬儀屋の息子:前回までの日記を読み返していて思ったのですが、ちょっと文章が長いと感じました。どう思いますか?
今の時代、長い文章を読まない人が増えている気がするので、付いてこられない人も多いのではないかと思うのですが。
―― 確かに、一理ある指摘です。ただ、5,000文字前後なので、ウェブ記事としては、もちろん長い部類に入るものの、長すぎるという感じでもないと思います。
それに、どれだけ短くしたところで、興味ない人は興味ないので読んでくれません。逆に、葬儀屋の息子に興味があって読んでくれる人は、長い方がむしろ喜んでくれます。
その意味で私は、今の長さでいいと思います。ただ、ノブくんの問題意識に手当をするとしたら、各話の冒頭に、インタビュー内容のポイントをまとめた要約文を添えてあげるといいかもしれません。
葬儀屋の息子:なるほど。それはいいかもしれませんね。
本音を言えば、長い文章を理解して、深い部分に共感してくださる方に思いを届けていきたいと考えてますので。
―― いいと思います。では、各話に、サマリー(要約)を付ける感じにしましょうか。
さて、今日は、連休明けです(※編集部注:インタビューは毎週月曜日に行われている。週末は三連休だった)。週末は忙しかったですか?
葬儀屋の息子:久しぶりに深夜の業務が続きました。2日前の土曜日は、深夜22時に相談のご依頼があり、終わったと思ったら、深夜2時から朝の4時まで次の相談のご依頼がありました。
葬儀屋の社員はもちろん、勤務時間が決まっているので、夜の勤務は担当でなければ行いません。
しかし、葬儀屋の経営者は24時間365日、呼ばれる心構えをしています。その意味で、完全にオフになる時間がない仕事と言えます。
―― 私も、個人事業主として仕事をしています。労働者ではなく経営者なので、24時間365日仕事をしていると言えば仕事をしている状態です。
しかし、同じ24時間365日とはいえ、ノブくんの場合は、突発的な呼び出しに対応して、現場まで出かけなければいけません。その意味で、全く質の違う緊張感が常にあるのかなと思います。
すごく野暮な質問ですが、オフになれる時間がない生活をつらいと感じる瞬間はないのですか?
葬儀屋の息子:この会社が自分自身の人生、この仕事が僕自身だと考えている今は、なんとも思いません。頑張った分だけ夢の実現が近付くと思っていますので。慣れの問題だと思います。
ただ、僕が小さかったころを振り返ると、いつでも仕事に出かけていく父親を見て、寂しく感じていた覚えがあります。
―― 別の話を今日はしようと思っていましたが、ノブくんの少年時代の話、いいですね。
葬儀屋のご家庭が、どのような毎日を送っているかすごく気になります。その辺の話が明らかになれば、葬儀をお願いするユーザーの気持ちにもちょっとした変化というか慎み深さが生まれると思いますし。
その話でいくと、葬儀屋をやっている以上、ご家族全員で遠くに旅行するなどは難しかったのですよね?
葬儀屋の息子:はい。遠出したことはないです。いとこの家族と一緒に温泉旅行に出かけるとなっても、うちのお父さんかお母さんのどちらかは絶対にいません。どちらかが残って、万が一の時に備えなければいけないからです。
普通の外出でも同じです。会社にかかってきた電話は、親の携帯電話に転送される仕組みになっていたので、家族で楽しく「8番らーめん」を食べていても(笑)、途中で電話が鳴れば、お父さんが仕事に行かなくちゃいけなくなったり、皆で早く食べて帰らなくちゃいけなくなったりしていました。
家族そろってテレビを見ている時も、電話が鳴って、父親の「ごしゅうしょうさまです」という言葉を聞くと、子どもたちが悲しくて、テンションが下がるみたいな毎日でした(笑)
―― それは、子ども心に、つらい毎日ですね・・(汗)特に、まだ年齢が低い時代の子どもたちにとっては。
葬儀屋の息子:うちは4人きょうだいなのですが、きょうだい全員、同じ気持ちでした。最近妹が結婚したのですが、披露宴の最後に親への感謝の手紙を読むじゃないですか。そこでも「仕事で親の電話が鳴る瞬間が大嫌いでした」と言っていました(笑)
―― ハハハハハ(笑)笑ってはいけないですが、そうですよね。
葬儀屋の息子:ただ、遠出ができなかろうが、お出かけ先で急に予定が変わろうが、両親からの愛情はきょうだい全員がすごく感じていたと思います。
なので、子どもなりに悲しいのですが、夜中に出ていく父親の姿を見送りながら「暗いから運転大丈夫かな」「事故に遭わないかな」などと心配もしていました。
―― いい話。そして、いい息子。そのころのノブくんと同じくらいの年齢の子どもを今育てている身として、ちょっとジーンと来ました。
でも、さすがに、家族で心置きなく旅行を楽しむ機会が、人生の中で本当にゼロ回というわけではないのですよね?
葬儀屋の息子:もちろん、本当にたまにですが、社員に頭を下げてお願いして、完全に父も私服になって、家族6人でお出かけする時もありました。
ただ、その時も「父が頭を下げなければいけないのはなんで?」「1日も休まずに頑張っているのに」なんて子どもながらに考えていましたね。
―― それだけお父さんが大好きで、それだけお父さんの応援団だったのですね。
そんな風にお父さんを見ているから「将来の夢は葬儀屋です」とテレビで言うくらい、憧れの気持ちも自然に育っていったのですね。
関連:「葬儀屋の息子」の覚悟が、今を生きる人々に幸せを与える。
葬儀屋の息子:そうなんですが実は、そのエピソードは母が言っていただけで、小さすぎて僕自身は覚えていないんですよね。
ただ、葬儀屋さんの家の長男として漠然と、葬儀屋を将来はやるんだろうなと思っていましたし、地域の人に頼られる父親やおじいちゃんを見て、格好いいなと感じていました。
もちろん、小中高のころは、バレーボール選手になりたいと思っていた時期もありましたし、大学生のころは、ネットビジネスの事業を自分で立ち上げていましたし、社会人になってからは、東京で全く別の事業を始めようかと考えている時期もありました。
それこそ、宴会の場で、おじいちゃんに対して「俺は事業は継がないよ」と啖呵(たんか)を切った場面もありました。
でも、大学4年生の時におじちゃんが亡くなり、ずっと頑張ってきた親の健康も心配になってきて、親を早く楽にさせてあげたいという気持ちも強くなっていきましたね。
東京で、半年だけかかわった葬儀社の社長室で仕事をしていた時期もありましたが、最終的には、28歳の時に家業を継ぎに、富山に帰ることを決断しました。
ただ、葬儀の世界に実際に入ってみると、普通の業界では考えられないような「闇」がたくさんあると知りました。その現状を目の当たりにして、「俺ならこうする」みたいな気持ちも芽生え始めて、いろいろな挑戦を始めました。
ナレーションなどの独自のサービスも同じです。それが、今につながっているという感じですね。
「お前の父ちゃん、すげえ」
―― 葬儀屋のご家族の暮らしぶりを知る機会などは普段ないので、変な言い方ですが、すごく新鮮な気持ちでここまで聞いてきました。
子どものころノブくんが、夜中に出ていくお父さんを見送りながら「暗いから運転、大丈夫かな」などを心配している姿などは、本当にジーンときました。
ただ、そうなると、ノブくんはまだ子どもがいませんが(その前に結婚もしていませんからね笑)、子どもが仮にできたとしたら、同じように寂しい思いをさせてしまうんじゃないですか? そんな心配はありませんか?
葬儀屋の息子:そんな弱っちい息子には育てないから大丈夫です(笑)
―― ハハハハハ(笑)さすが。
葬儀屋の息子:大前提として、寂しいと感じていた時期があったのは事実ですが、両親やこの家業に対して僕は誇りを持っているので、ネガティブに捉えてはいません。
その上で、僕の代では、僕がいなくても事業が回って行く仕組みをつくっていくつもりなので、僕が、僕の父親に感じたような気持ちは感じさせないつもりです。
ただ、何をするにせよ、やらせる以上はトップを目指して取り組んで欲しいので、それ相応の接し方をするんだと思います。女の子の場合は、甘やかしてしまうと思いますが(笑)そうじゃないと大成できないと思うので。
―― ノブくんは、小さいころ弱虫じゃなかったのですか?
葬儀屋の息子:いや、実は、結構な弱虫でした。小学校1年生くらいまでは学校が嫌で「早く帰りたい」「お母さんに会いたいよ~」と言って、ずっと泣いていました。
ですが、学校の持久走大会だとか、バレーボールの習い事だとか、いろいろなきっかけと成功体験の積み重ねで、性格が真逆になっていったというか、ちょっとずつ強くなっていったという感じです。
体験会に行ってみて楽しかったことをきっかけに、バレーボールを小学校3年生で始めました。父親が一緒にトレーニングしてくれて、やった分だけうまくなっていって、自信がついてきたことや、試合での活躍がきっかけとなり、大観衆の前でも見せられるメンタリティが育っていって、という感じです。
―― それで今では、ショートドラマまで撮って公開できるくらいの図太いメンタリティになっていったのですね(笑)
葬儀屋の息子:いやいや、それはだいぶ時間が飛んだというか、話が飛躍していますが(笑)。自分でやってみて初めて気付けることが多いですし、俳優さんのすごさを身をもって感じられるようになりました(笑)「キムタク、すげえー」なんて思うようになりましたから(笑)
テレビドラマなんかを見ていても「へー、こうやって編集するんだ」みたいに、物事の見え方が変わりました。
ちなみに、ショートドラマで言うと、将来は本当に、葬儀屋である自分自身の映画をつくってみたいと大真面目に思っています(笑)1つの夢です。何のために撮るのかと言えば、その挑戦への単純な興味と、葬儀屋(エンディングプロデューサー)という仕事をキラキラした、憧れられる職業にしたいからです。そのために、若者への影響力を持ちたいんです。
―― すごく素朴な疑問なのですが、葬儀屋の仕事を、なんでそこまでキラキラした、憧れられる仕事にしたいんですか?
前回のインタビューでは、現状の葬儀屋の世界は「命が尽きた人へのサービス」という印象が強く、志の高い人材が流れてこない、業界のイメージを変え、多くの人が集まってくれる状況をつくり、業界を変えていく速度を高めたいみたいな言葉がありましたが。
関連:「日本一発言力のある葬儀屋」になって、若者に憧れを生む。
葬儀屋の息子:もちろん、その思いもありますが、ふと今、マサヨシさんに聞かれて思いました。
もしかすると僕は、まだ見ぬ自分の子どもが「お前の父ちゃん葬儀屋の息子なんだ、すげえ」と、同級生に言われるような世界をつくってあげたいとも思っているのかもしれません。
―― まるで、ノブくんが、お父さんに憧れていたように。
葬儀屋の息子:確かに僕も、父親を見て格好いいと思いはしましたし、誇りを持っていました。しかし、それは、父親の姿そのものに対してであって「葬儀屋」という仕事自体に対してではありませんでした。
また、当時の世間の評価は真逆でした。なので僕は、世間の評価も覆した上で、わが子に格好いいと思われる親になりたいのだと思います。
もちろん、本人に才能があって、熱量があれば、本人の好きな道に進んで大成すればいい、継がなくてもいいと思っています。ただ、そうした想いとは別に、少なくとも子どもには、僕の姿を見て格好いいと思ってもらいたいです。
「こんなくそ田舎でも事業を大きくできるんだよ、しかも葬儀屋でだよ」と背中で示したいです。だから今、いろいろ走り出しているのかもしれません。
―― なんだか今日は、ノブくんの幼少期だとか、葬儀屋の日常風景だとか、ハートフルなインタビューになりましたね。
まだ、子どももいないのに、今から子育て論を真剣に語る姿を見て、やっぱりビジョナリーな人(※)なんだなとつくづく思いました。いろいろ、見えちゃうんでしょうね。手に取るように。いろんな物事が。
葬儀屋の息子:なので、マサヨシさんに、ちょっとお願いがあります。マサヨシさんは取材などで、いろいろな人と会っているのですよね。
―― そうですね。今までのキャリアで軽く1万人は取材したと思います。大げさかな。
葬儀屋の息子:そこでお願いなのですが、取材先でいい人と知り合ったら僕に紹介してくれますか(笑)
―― ハハハハハ(笑)まさかの展開。
葬儀屋の息子:大真面目です(笑)例えば、自営業者の娘さんだとか、経営者の娘さんだとか。取材相手本人に限らず、その方の娘さんだとか。そういった女性の方が、僕の仕事を理解してくれるような気がしますし(笑)
―― これは面白い展開になってきましたね(笑)
逆に言うと「自営業者の親を持つ娘さんの方が理解してくれるかも」という言葉が自然に出てくるくらい、葬儀屋の家族になるためには、ちょっとした覚悟や思いが必要になってくるのかもしれませんね。
分かりました。アンテナを張っておきます。
葬儀屋の息子:あと、日本全国でも、北信越内でも、この人と対談させたら面白いだろうなみたいな人がいたらぜひ紹介してください。
マサヨシさんの司会の下、対談できたら面白いですよね。その話を、またこのコーナーで紹介するみたいな。
―― 確かに面白そうですね。対談を通じて、ノブくんとお相手の方も双方に刺激を受ける・学びを深め合える上に、読者の皆さんの人生にも役立つような内容になれば、すごくいいと思います。
それでは、お嫁さん候補と対談相手候補、双方にアンテナを張っておきますので、追い追い実現していきましょう(笑)
葬儀屋の息子:ありがとうございます。
―― なら、今日のインタビューは、この辺にしましょうか。
葬儀屋の息子:そうですね。今日もありがとうございました。
―― じゃあ、また1週間後に。
葬儀屋の息子:お願いします。
葬儀屋の息子日記メモ
※ 未来の姿をはっきりと見通し、その未来に向かって周りを動かしていく人。