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連載コンテンツ葬儀屋の息子の日記

誹謗中傷してるひまがあったら自分を変える努力に充てた方がいいですよ | #031

「怒り」よりも「かわいそう」

―― こんにちは。インタビューを始めましょう。今日は、何か語りたい話題があるみたいですね。

葬儀屋の息子:そうですね。葬儀屋の息子も〈Instagram〉のフォロワー数が1万人を超えて認知度が高まってきたからか、数こそすごく少ないんですが、アンチ的なコメントが届くようになりました。それも、SNSのコメント欄ではなく「会社の問い合わせフォーム」に(笑) 

―― まあ、それだけ認知が広がってきた証拠ですね。

葬儀屋の息子:もちろん、フォロワー数がもっと多いインフルエンサーなどには、アンチコメントがけた違いに届いていると思います。

ただ、数こそ違えど、実際に受け取ってみて、葬儀屋の息子として率直に感じた思いがあるので、この場で言語化できればと思っています。

―― 分かりました。で、どんな思いを抱いたのでしょうか。

葬儀屋の息子:葬儀屋の息子として僕は毎日、誰かが亡くなる現場に向き合っています。前にも話したと思いますが、人生は有限であり、いつか必ず人は死ぬんだと毎日のように痛感させられます。

その毎日の中で、ネガティブなコメントや問い合わせをしてくる人の心境や心情を考えると、本当にかわいそうだな、時間がもったいないなと感じるんです。

―― ダメージを受けるとか怒るとかではなく。

葬儀屋の息子:正直、自分の正体も名乗らずにネガティブなコメントだけをしてくる方の言葉って、僕みたいなとらえ方をするタイプには、 やっている本人が思っている以上に、ダメージを与えられていないんですよね。

もちろん多少はイラっとしますが、ダメージを負うかと言われればゼロです。もっと言えば、コメント内容を見て「ありがたい!」と動画のネタにするだけです(笑)

―― 現に、こうして日記のネタにしていると。

葬儀屋の息子:それなのに、自分の人生の時間を使って、効果のないアンチコメントや誹謗(ひぼう)中傷の作成に時間を費やしている人たちを現実に目の当たりにすると「人生、終わっちゃうよ。もったいない」と同情してしまうんです。

繰り返しになりますが、人生には限りがあります。もっとこうすれば良かったと後悔するタイミングがかなりの確率で来ます。現に、葬儀屋の息子として、そういう方をたくさん見てきました。

だからこそ「自分の努力から逃げないで生きがいを見つけて頑張ってほしい」と伝えたいと思いました。

―― ちなみに、どんなコメントがあったんですか?

葬儀屋の息子: 今回の話は、SNSのコメントではなく、会社のホームページにある問い合わせフォームに届いたご意見です。

いくらアンチコメントであっても一対一の非公開通信ですので、さすがに内容は公開できません。

ただ、大まかに言えば「どうしてそんなに人間の質が低い人が上の立場にいるんですか?」だとか、「あなたが部下に誹謗(ひぼう)中傷するなら、こちらも書かせていただきます」だとか。

あとは「よくそんな顔でSNSに顔出しできますね。少なくとも、もう少し顔を改善してから投稿してみてはいかがでしょうか」といった内容です(笑)

―― なかなかですね。ジャーナリスト的な観点から言えば、部下を誹謗(ひぼう)中傷しているという情報のソースは何なのかを示さないと説得力が出ないぞと感じます。問い合わせフォームなので字数制限もないはずなのに。

葬儀屋の息子:そうなんです。何を見て、どういう根拠で言っているのか。部下を誹謗(ひぼう)中傷していると言いたいなら、その現場を押さえに来てほしいんですよね。

―― 足を使って情報を取りに来いと。会社の問い合わせフォームなら、電話番号と住所は必ず書かなければ駄目ですよね?

葬儀屋の息子:住所は、番地まで書いていませんが、県名と市町村名が書かれています。

―― 電話番号は?

葬儀屋の息子:書いてありました。ただ、興味本位でかけ直してみたところ、全く関係のないご高齢の方につながりました。その方も、葬儀社から電話がかかってきて、何事だとびっくりされたと思います。

―― 要するに、適当な番号を入力していると。

葬儀屋の息子:はい。これに関しては本当にやめていただきたいですね。文句があるなら、自分の電話番号を記載しろよと思います。他人の電話番号しか載せられないなんて心の弱さが際立っていますし、適当な番号を記載された方に対して大迷惑ですよね。

―― 確かに。関係ない人を巻き込んでいると。

葬儀屋の息子:ただ、どこかをもし褒めるとすれば、問い合わせフォームを使ったという点については「頭がいいですね」と言いたいと思います(笑) 

―― どういう意味でしょう。

葬儀屋の息子:SNSのコメントと違い、DMや問い合わせフォームは基本的に一対一の非公開通信で、本人たちにしか見えないコミュニケーション手段です。勝手に公開すれば民法上のリスクが発生します。

こうしたクローズドな問い合わせフォームに、こういうメールを送り付けて会社内部の危機感をあおる、中小企業の組織マネジメントに関するコンサルティングの営業などでも使われる手法ですから「ちゃんと考えていますね」と。

ただ、この手法は、実態があってこそ効果を発揮するんです。部下に対する誹謗(ひぼう)中傷の有無も、人間の質うんぬんについても、社内での評価は真逆なので、今回のメールも一笑に付されて終わりました。

―― 前提条件を見落としているので手法が効果を発揮していないと。

葬儀屋の息子:顔については確かに、問い合わせの意見に同調する人も社内的にいるかもしれませんが(笑)

―― そこは認めるんですね(笑)

葬儀屋の息子:はい(笑)

そもそも、ビジュアルで勝負しているわけではないですし、自分自身も、自分のルックスを上中下で言えば中程度だと認識していますから。

―― (棒読みで)安心してください。十分にイケメンですよ。

葬儀屋の息子:そんなフォローは要らないです(笑)

誹謗中傷とは、人生からのある種の「現実逃避」

―― まあ、けれど、言ってしまえばこの程度の話を、あえて取り上げてほしいと言うくらいですから、何か他に狙いがあって、今日のインタビューに臨んでいるんですよね。

葬儀屋の息子:そうですね。

―― 本当に話したい内容はなんなのですか?

葬儀屋の息子:この方に対して、すごく失礼な言い方をしてしまえば、現実の世界でお会いしたとしても、生きている世界や見ている方向が違いすぎて、コミュニケーションが成立しないと思うんです。 

それでも、目標に向かって熱意を持ってキラキラと頑張っている人、その結果として周りから応援されている人に対して、嫉妬の感情を持ってしまう心の動きは理解できます。

自分が持っていないものを持っている人に対する劣等感は誰にでも生まれる感情ですよね。

何らかの理由で人生にやりがいを感じられず、くすぶっている、そんな鬱屈(うっくつ)した感情を抱えて、キラキラしている人の足を引っ張り、自分の位置まで引きずり下ろして、自分を慰めたくなる気持ちも分からなくはないんです。

ただ、冒頭の話に戻りますが、僕は毎日、誰かの最期と向き合っています。本当に命は終わっちゃうんです。

人の足を引っ張るひまがあったら、「そのエネルギーを、自分を変えるための時間に充てようよ」と言いたいです。

人生の意義ややりがいを持てない理由を、周りや環境のせいにして愚痴るのではなく、最初はつまらないかもしれないけれど、目に見える成果が出るまで、とことんやってみろと。

仕事や人生にやりがいが感じられるかかどうかは、とらえ方ひとつです。とらえ方とは、他責にするのではなく、自分の目の前にある仕事や人生に充実感を与える工夫を自分ですればいい、という話です。

頭がいいとか、学歴があるとか、そんな物差しはどうでもよくて、目の前の仕事にやりがいを自分で付与できるかどうか。この一点が、僕にとっては優秀かどうかの基準になります。

その意味で、アルテで一緒に頑張るメンバーには、目の前の仕事に充実感ややりがいを自分で付与できる、そんな考え方やマインドを持った人を求めたい。そう思っています。

―― それで今日はこの話だったのですね。

アンチコメントに対するうさ晴らしなんて珍しいと思いましたが、アルテが求める人材像の話に意外にも展開していきました。

人生は有限である。だからこそ、他人への誹謗(ひぼう)中傷に費やして自分を慰めている場合ではない、そのエネルギーを自分が輝くために使おう、というメッセージでした。

また、どんな仕事にも、どんな人生の瞬間にも、考え方や捉え方ひとつで、やりがいや意義、面白さをいくらでも付与できる。そんな話もありました。

このブログが、今回問い合わせをしてきた方にも届けばいいですね。

葬儀屋の息子:いえ、その方に僕は、さすがに興味関心がもてないので届く必要はありません(笑)

―― むしろ、アルテが求める人材像を語りたいがゆえに、比較対象に使わせてもらいたかったのですね。

葬儀屋の息子:そうです。

―― 伝えたいメッセージは以上ですか。

葬儀屋の息子:大まかには。

―― ならば、今日のインタビューはこの辺にしましょうか。

葬儀屋の息子:分かりました。ありがとうございました!

―― こちらこそ、ありがとうございました。

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