祖父の死が教えてくれた人生観。葬儀屋の息子が変化を恐れない理由とは
日記のあらすじ
高校1年生の時に祖父の死を経験した葬儀屋の息子は「どうせ人は死ぬ」「いつか終わる」という死生観を持つようになりました。
葬儀業界の慣習にとらわれず、社員やお客さまのためになると判断すれば変化を恐れない葬儀屋の息子の根底には、その死生観があるのだとか。
人生は有限だからこそ、大切な人や社会のために何ができるか。常識よりも価値提供を優先している姿勢が伝わるインタビューとなりました。
どうせ人は死ぬ、だから挑戦する
―― こんにちは。今日は、暑いですね。
葬儀屋の息子:そうですね。あまりにも暑いので、僕たちも服装を変えようと思って、ロゴ入りのポロシャツを発注したところです。
―― 服装を変えるのですか? 黒ネクタイ、黒スーツから。
葬儀屋の息子:はい。式場で葬儀をする時はスーツを着ますが、本格的な夏になると、搬送の時などは地獄級に暑いんですよ。
そういった外回りの業務では黒いポロシャツに切り替えようと思っています。
黒いスーツを僕たちが着ていると、お客さんにとっても、見た目的に暑苦しいと思いますし、社員のパフォーマンスも上がるはずですので。
―― 実際、お客さんに何か言われた経験はあるのですか?
葬儀屋の息子:暑苦しいとまでは言われないですが「暑そうですね」だとか「ネクタイを外してください」だとかは言われます。
―― 逆に、これだけ夏が暑くなってきているのに、会社の中から、服装を変えようという動きは今までになかったのですか?
葬儀屋の息子:母親は思っていたみたいですね。
ただ、父である社長も社員も、半袖+ネクタイでずっと通してきていたので、変えようという発想が出てこなかったのだと思います。
―― 葬儀社なので、周りからの見た目を気にしていた部分もあるかもしれませんね。
葬儀屋の息子:もちろん僕も、常識ある風に見せておいた方がいいという打算的な頭は働きます。なので、世間の空気や世間の一般常識に従っておいた方がいいと思った場面では従います。
ですから、ポロシャツに変えると言っても、ピンク色のポロシャツにしようみたいな発想にはなりません。ただ、ポロシャツに切り替えるという判断自体はすぐに意思決定しました。
―― 今回の服装の件は、それほど大きな変化ではないのかもしれませんが「葬儀屋=○○」みたいな常識を平気で変えていくノブくんのキャラクターの一端が見られる話だと思います。
こういう前提や慣習を平気で変えてしまう強さというか気質は子どものころからあったのですか? 大人になってから身に付いた能力ですか?
葬儀屋の息子:言われてみると、なんでこうなったんでしょう。
少なくとも、小さいころは、世間一般の常識をそもそも知らないので、枠から外れるみたいな発想はそんなになかったと思います。
むしろ、敷かれたレールの上で最高の結果を出そうとするタイプだったように思います。その意味でまじめでした。
―― では、後天的に身に付いたという感じですね。だとすればノブくんを何が変えたのでしょう。あるいは、どのタイミングで変わったのでしょう。
葬儀屋の息子:「どうせいつか人は死ぬ」と思うようになったからではないですかね?
―― いきなりすごい話ですね。ロシアの文豪ドストエフスキーみたいです。
葬儀屋の息子:そんな人がいるんですね。
―― はい。ある出来事がきっかけで射殺されそうになったのですが、あと何番目かで殺されるという時に偶然に助かったという経験が彼にはあります。
あと何番目かで殺される、もう死ぬというわずかな「順番待ち」の時間に、極限まで濃縮された時間の流れを彼は体感したそうです。
仮に、銃殺から生き延びて、今体感している濃縮された時間の流れで残り人生を過ごしたら、なんでもできる、どこまでも行けると感じたそうです。
現に、その出来事を生き延びた後、〈罪と罰〉とか〈カラマーゾフの兄弟〉だとか、世界史に残る名作を彼は書きました。
大学生のころに読んだ文庫本の解説から得た知識なので、ちょっと正確性に欠けるかもしれませんが。
なんであれ一般的に、そういった九死に一生を得るみたいな出来事がないと、ノブくんくらい若い人は「いつか人は死ぬ」みたいな発想になかなかなれないと思うのですが、似たようなきっかけが何かあったのですか?
葬儀屋の息子:僕自身の生死の経験ではないですが、母のお父さん、僕の祖父が難病で亡くなった出来事がありました。僕が高校一年生の時です。

母方の祖父なので一緒に暮らしてはいなかったのですが、すごくパワーがあって、負けん気が強くて、僕をかわいがってくれた人でした。
その祖父が、病気になって、どんどん弱っていく姿に、子どもながら大変なショックを受けました。
祖父が亡くなった時、母の実家で僕は、祖父の遺体のそばに座って、祖父の頭をなでながら泣いていました。その僕の姿を見て、周りの親せきも涙していたみたいです。
―― 大切な人の死を経験したわけですね。
葬儀屋の息子:もちろんそれまで、葬儀屋の息子ですから、多くの死が身近にありました。しかし、子どもだった当時の自分にとってはやはり人ごとでした。
一方で、祖父の死は初めて、自分にとって身近な死に感じられました。その時に「どうせ終わる」という死生観がセットされたのだと思います。
―― そこから一気に、人生に対するスタンスが変わったのですか?
葬儀屋の息子:もちろん、年齢なりに、人の目を意識して格好付けたり恥ずかしがったりする自分は変わらずにいました。
しかし、それとはまた別の次元で「どうせ人は死ぬのだから、人からどう見られるかなんてどうでもいい」という意識が、経験を重ねるたびに積み上がっていきました。
例えば、本当はやりたいのに、やろうと言い出せずにいたとします。その時は「どうせ死ぬ、いつかは終わる、やらないで後悔するならやって後悔しろ」と自分に言い聞かせるようになりました。
人と違ったことを本当はやりたいのに、周りと一緒でなければ恥ずかしいと感じた場合も同じです。「どうせ死ぬ、いつか終わる、どうせみんな忘れる」と自分に言い聞かせて、人がやらない方法でやるようになりました。
―― すさまじい10代ですね。
葬儀屋の息子:そうやって自分を鼓舞して実際にやってみると、人がやらない方法をやっている分だけ、目立ったり、先行者利益を得られたりすると分かってきました。
その成功体験を積み重ねていく中で自分を変えてきたのだと思います。
―― 前にもちょっと話がありましたが、まさに「意識のたまもの」ですね。
葬儀屋の息子:はい。意識のたまものによって人生は変えられると思っています。
関連:市場も習慣も世の中も変わる。自分が変わり続けなければ会社は伸びない
輪廻(りんね)転生みたいな感覚
―― とはいえ、大事な人が亡くなる、どうせ死ぬから、後悔しないように生きようという考えそのものは、割と多くの人にも思い当たる節があると思うんです。
ただ、頭では分かっていても普通の人は、今までどおりの自分にとどまってしまいがちです。
仮に、ノブくんと同じように、身近な人の死を経験しても、時間が経つと、いい意味でも悪い意味でもすぐに忘れて、今までどおりに戻ってしまいがちです。
しかし、ノブくんは、祖父の死をきっかけに、人生を変えられたわけですよね。そうなると、普通の人とは違う何かがノブくんにはやはりあると思うのですがどうでしょうか。
葬儀屋の息子:どうですかね?
―― なんか、ノブくんを見ていて、若いのに若くないというか、人生をもう何回か経験済みみたいな達観した印象を受けます。そんな感覚はありますか?
葬儀屋の息子:確かに、幼稚園生のころから自分を大人だなと感じていました。輪廻(りんね)転生という言葉を知らない段階から、輪廻転生みたいな感覚を強く意識していましたし。

それこそ、中国北部やモンゴルの風景を小さいころから夢の中でよく見てきました。
―― ほう。内モンゴル自治区やモンゴル高原の原風景を繰り返し夢に見ていると。
葬儀屋の息子:小さいころから確かに、人生を何回も経験している、そのうちの1回を今、あらためて繰り返しているという感覚がありました。
だからですかね。どうせ死ぬし、死んだ後も何十回も人生を経験できるのだから、今回失敗しようが成功しようが大した問題ではないと感じるのだと思います。次の人生もある、そのまた次の人生もあるというか。
―― その感覚にも関係しているのだと思うのですが、ノブくんって他人にも怒らないですよね。
お母さんに対しては例外だと思いますが、何かが上手にできない人に対しても「仕方ないよね」みたいな達観したスタンスを感じます。
葬儀屋の息子:確かに、母親にはイライラしますが(笑)言われてみると、近しい友達にも「ノブの怒っている姿を見たことがない」と言われます。実際、社員にも怒らないです。
―― お笑い芸人の島田紳助さんも、他人を怒りたくなったら「仕方ない、この人は、まだ人生1回目なのだから(自分はもう何回もやっているけれど)」と思うようにしていると、どこかで発言していたと思います。
この島田紳助さんの考え方、どう思いますか?
葬儀屋の息子:そうなんですね。びっくりです。全く一緒です。本当に、そんな風に僕も考えています。
ただ、島田紳助さんのように僕は成功しているわけではないので、お客さんや友人、家族といった、自分の周りにいる大切な人たちに対して、自分自身がどれだけ貢献できているかという自問自答は常にあります。
次の人生もあると言いながら、その次の人生でまた、今自分の周りにいる大切な人たちと出会えるかどうかは分かりません。
今この瞬間、自分の周りにいる人たちと過ごす一生はきっと一回きりで、「その一回の人生もいつか終わる」と思うと、矛盾するようですが、今送っている人生を大事にしようという意識も当然出てきます。
そのマインドで日々を過ごしていると、人からどう見られるかなどは全く気にならなくなります。気にならないどころか考えすらしません。冒頭の服装の話に戻ると、黒いスーツと黒いネクタイ姿を変えるか変えないかなど、小さすぎて悩みにもなりません。
大切な人を亡くして悲しんでいる方に少しでもいいサービスを届けたいと思っているのに、夏場の暑いスーツが、最高のパフォーマンスを妨げてしまうのであれば、変えるだけです。業界の常識、世間の見え方など小さすぎてどうでもいいです。
葬儀屋の息子として動画を上げ始めた時も、葬儀のナレーションサービスを始めた時も全て同じです。

会社を思って、お客さんを思って、社会を思って、より良い価値を提供できると思ったらやるだけです。それで批判されたとしても何も気になりません。
そう思って、信念を貫いてやっていると、深い部分で共感してくださる方も増えていきます。
この前も、ご自身の会社を定年退職された方から「他の葬儀社と違ってアルテは楽しそうにしている。誠に素晴らしい」というお褒めのコメントをSNSにお寄せいただきました。
これからも、このスタンスは変わりません。いつか死ぬ、しかし、死ぬまでの間に、今回の人生でしか出会えない大切な人や世の中に最大限の貢献ができれば、それだけをただ願っています。
―― 服装から始まって壮大な話になっていきましたね。
その壮大で深遠なマインドは、アルテのサービス、プロモーションに至るまで全てに生かされていると分かりました。
確かに、そのマインドで、最初の服装の問題をあらためて振り返ると、変えるか、変えないかなんて、本当に小さい問題だと分かります。
ちょっと、ノブくんの思考のプロセスを体感できたような気がしました。このインタビューは、それこそアルテ社員の皆さんにも読んでいただきたいですね。
きっと、仲間たちの目線やマインドをそろえる上で役立つと思います。
葬儀屋の息子:そうですね。それこそ、この日記を読んでもらえればいいのではないでしょうか。この日記をつくっている意義にもなります。
―― では、皆さんに「これ読んでおいて」とお伝えくださいね。
今日は、この辺にしておきましょう。死生観に迫る深い話、本当にありがとうございました。
葬儀屋の息子:こちらこそありがとうございました!