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連載コンテンツ葬儀屋の息子の日記

心臓病で社長が倒れた日に感じた後悔と命懸けの覚悟とは

30%の確率で亡くなる

―― こんにちは。

葬儀屋の息子:よろしくお願いします。

―― いろいろと今日も聞かせてもらいたいと思いますが、ノブくんから時々、社長を「楽させてあげたい」みたいな言葉が出てくるじゃないですか。

葬儀屋の息子:はい。

―― そのせりふって、一般的によく聞く言葉ではあるものの、ちょっとその頻度が多いというか、ノブくんと社長の年齢を考えても、タイミングがまだ早い気がするんです。

言うほど社長もまだ年齢を重ねていないじゃないですか。にもかかわらず、なんでそこまで、その言葉が出てくるのか教えてくれますか? ちょっとした違和感を覚えます。

葬儀屋の息子:父親が、一生分働いてきてくれたからです。

そんな父親だからこそ、年老いてからではなく、60歳〜70歳までの時間をゆっくりと好きなように過ごしてもらいたい、若いうちに余生を楽しんでもらいたいという気持ちが、大学生のころから強くなっていきました。

加えて、3~4年前から、両親が歳をとった、疲れてしんどそうだと、LINEのやりとりだけでも感じる場面が増えてきました。

父に関しては、無呼吸症候群の重度な症状も出てきて、夜中に起きて仕事をする生活にはもう限界があり、時間への意識が僕の中でより強くなりました。

そして、決定打が、父親の心臓病の発症です。

―― 心臓病。何の話でしたっけ?

葬儀屋の息子:え? マサヨシさんに伝えてませんでしたっけ?

―― はい。聞いていないと思います。24時間、深夜まで両親が働いているので、楽をさせてあげたいみたいな話は聞いていましたが。

葬儀屋の息子:ええ! これだけいろいろ話しているので、とっくに伝えたと思っていました。

―― 詳しく教えてくれますか?

葬儀屋の息子:自分が帰ってきてからの話なのですが、心筋梗塞(こうそく)で父親が倒れた出来事がありました

代表取締役社長・鍛治達雄さん(左)

そのまま救急車で搬送されて、30%の確率で亡くなると病院から聞かされ、私も含めて家族は泣きじゃくるような感じで、パニックになりました。

―― 具体的には、何年何月ごろの話ですか?

葬儀屋の息子:今年の初めです。

―― われわれが、このコンテンツをつくり始めたのっていつからでしたっけ?

葬儀屋の息子:去年とかじゃないですか?

―― そうなると、私が知っていないとおかしいですよね。

ちょっと、過去記事の一覧を見てみましょうか。

連載1本目の記事

あ、1本目の記事は、2026年(令和8年)4月に公開されているので、やはり自分は知らないですね。

葬儀屋の息子:そうか、伝えていなかったんですね。

もう、その時は、メンタルに結構きていて、葬儀の仕事をしながら「死んでしまったらどうしよう」という恐怖とずっと戦っていました。

お客さんと向き合うたびに、亡くなった方の話をご家族から聞かせていただくわけじゃないですか。その時期は、話の刺さり方が尋常じゃなくて本当に苦しかったです。

「葬儀屋の息子」などと言ってキャラクターをつくって、人はいつか死ぬだとか、亡くなった方の物語をドラマティックに伝えるだとか、偉そうに情報発信していますが、親父の葬式だけは死んでも自分でしたくないぞと怖がっていました。

―― その不安の中でどのくらいの時間を過ごしたのですか? 言い換えると、社長の復帰にはどのくらいの時間がかかったのですか?

葬儀屋の息子:精神的に苦しかった時期で言えば、割と最近まで不安でした。倒れた後も何回か搬送されていますし。

―― お元気そうに見えるので全く気付きませんでした。

葬儀屋の息子のショートドラマ撮影のために訪れた劇団・富山舞台の役者たちと談笑する社長

葬儀屋の息子:その後も、血圧を下げ、血をサラサラにする薬を飲み続けていますし、本人もまだ、不安を感じていると思います。

―― では「親を楽させてあげたい」という最初の話は、抽象的な親孝行という意味ではなくて、差し迫った危機が本当にあったという話なのですね。

葬儀屋の息子:はい。それ以降は、父の現場復帰がどうこうというよりも、ただ生きていてほしいと願うようになりました。

最近、人材の採用に力を入れている背景には、父親を楽にさせてあげたいという理由も含まれています。

これから、会社を大きくしていこうと思った時、今の人員ではどうしても、父親に現場に出てもらう必要が出てきてしまうからです。

そうはしたくはないので、人材採用に力を入れたいですし、人材がそろっていない今はやはり、拡大のタイミングではないのだと思っています。

ふがいなさと怒り

―― 前に、ロシアの文豪の話をしましたよね。

ドストエフスキーという作家は、自分が死刑になりかけた、でも生き延びた経験があって、人生に対する価値観がそれを境に入れ替わったと言われています。

ノブくんの場合は、自分ではなく、お父さんである社長の命の危機という話ですが、ある意味で家族は自分と同列の存在だと思えば、社長の死のリスクに直面した時、何かを強烈に感じたのではないですか?

葬儀屋の息子:甘えていた、とつくづく思いましたし、自分への怒りがこみ上げてきました。

24時間休まず働く父親を見て育ってきた自分は、父親の心臓病が発症する以前から「楽にしてあげたい」と思っていました。それは間違いないですし、そのために帰ってきた部分も大きいわけです。

言い換えれば、親が倒れないように自分が帰ってきたのに、結局は甘えている自分がいたと気付きました。

例えば、冬のある早朝、何件もの電話が鳴っては起きてみたいな対応を深夜まで繰り返していたので、お客さまからの電話が朝早くにまた鳴った時に、どうしても起きられない日がありました。

その僕を見た父親が何も言わずに起きて、お客様とのやりとりを進め、僕よりも早く除雪を行ってくれました。

その時は「大丈夫だろう」とたかをくくって甘えてしまったのですが、そうした小さな無理を重ねた父親が心筋梗塞(こうそく)で倒れてしまったのです。

「死なないでくれ」と心の底から祈るとともに、自分への怒りがこみ上げてきました。

自分の父親は、自分と同じ年齢のころには、競合との戦いで生き延びるために、家族を食べさせるために必死で仕事をしていました。

しかし、一方の自分は、自分の変えたい部分を変えているだけ、やりたい仕事をやっているだけで、まだまだ両親や既存の社員の支えがないと、やりたいことはできません。そのありがたみを痛感した瞬間に、本当の意味で覚悟が決まったのだと思います。

―― ノブくんのSNS動画に、恥ずかしくても、照れくさくても、大好きな人には大好きと伝えようと呼びかける投稿がありますよね。

この出来事を聞いた上で、あのショート動画を見返すと、言葉の深さや重みが大きく変わっていく感覚があります。

葬儀屋の息子:おっしゃるとおりで、大好きな人に「大好き」と言えなくなる日が急に来るかもしれません。

恥ずかしくて言えない、照れくさくて言えないという気持ちは分かります。その感情は自分にもあります。

ただ、後悔だけはしてほしくありません。幸運にも、父親は生き延びてくれました。しかし、考えたくもないですが、全く違う可能性も十分にあったのです。

もし、あの瞬間、最悪の結果を迎えてしまっていたら、甘えていた自分の失敗を挽回するチャンスもなかったわけです。命懸けで仕事をして、命懸けで親を大事にする時間も二度と来なかったわけです。

同じように、SNSを見てくれる人には、絶対に後悔してほしくないと思っていますし、その気付きは、多くの方の悲しい瞬間に毎日立ち会っている自分だからこそ与えられると思っています。

自分の親を実際に亡くしそうになった経験もありますし、いろいろな思いを込めて、あのショート動画をつくりました。

―― すごく青臭くてありふれたメッセージなのだけれど、見過ごせない、聞き流せない、独特の説得力と心を動かす迫力があるなと思っていたら、その背景には、お父さまである社長の九死に一生を得る出来事があったのですね。

そこから、自分の甘さを自覚し、性根を入れ替え、命懸けで仕事に挑み、命懸けで家族を大事にするようになった、そんなノブくんの変化が分かるとてもすてきなインタビューになりました。

葬儀屋の息子:正直、父親の話であれば、いくらでもいけますよ(笑)

―― 前に、ノブくんのお母さまと話す機会があった時「うちの子どもたちはみんな、お父さんが大好き」と、うれしそうにおっしゃっていました。

本当に、いい家族だと思いますし、このエピソードを聞くと「葬儀屋の息子」という呼び名そのものからも、温かい家族のきずなや愛情が感じられる気がします。

葬儀屋の息子:マサヨシさんもちょうど、ご実家のご家族が富山に遊びに来ているんですよね。

―― そうですね。

葬儀屋の息子:ぜひ、愛していると伝えてあげてください。

―― 一緒に動画を見ますわ(笑)

葬儀屋の息子:いいですね(笑)ぜひ、ご活用ください。

―― それでは今日も、すてきな話をありがとうございました。

葬儀屋の息子:こちらこそ、ありがとうございました!

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