Arte 葬儀は芸術 アルテふくの斎苑 Arte 葬儀は芸術 アルテふくの斎苑

連載コンテンツ葬儀屋の息子の日記

「葬儀屋の息子」の覚悟が、今を生きる人々に幸せを与える。

突然ですが、はじめまして。坂本正敬(まさよし)と申します。

これまで、紙・WEB問わず6つの媒体で編集長を務めてきた編集者でもあります。

そんな私は、義理の祖父が亡くなった時、遺族と真剣に向き合い、別れの瞬間をドラマティックに演出する不思議な葬儀屋と出会いました。

葬儀後、公式ホームページを調べてみると「葬儀屋の息子」と自らをブランド化し、葬儀の世界に新しい風を吹かそうとしている鍛治信嘉さんの存在を知ります。

興味を感じてコンタクトを取り、話を聞きに行くと、深い思考に裏打ちされた壮大なビジョンを描きながら、葬儀サービスの業界に新風を吹かせようとしている若い経営者だと分かりました。

「この人はきっとすごい人だ」

そんな直感を覚えた私は、鍛治信嘉さんが思い描くビジョンについていろいろ聞かせてもらいたいとお願いしました。

その縁が、公式ホームページ上で公開するこの『葬儀屋の息子日記』につながっていきます。

日常的に死と向き合う鍛治信嘉さんは、誰よりもきちんと生きている人だと思います。

そんな鍛治さんの言葉や考え、生きざまはきっと、生きる意味や生きる道を見失っている同年代の若い人たちにも響くと感じています。

この対話の積み重ねが、大切な誰かを亡くした人の支えになり、生きる意味に迷う若者たちの導き糸になればと願います。

葬儀屋の息子日記「切り抜き」

葬儀屋の息子・ノブくんは、葬儀を「故人とご家族の物語を伝える場」と捉え、独自のナレーション演出を司会進行の中で行い、ご家族や参列者に感動を生み出しています。

保守的な土地、保守的な業界での挑戦でしたが、ご家族、参列者、社員などの反応を通じて、その手ごたえはやがて確信へと変わっていきました。

ノブくんが目指している葬儀は、参列者の涙の質を高め、参列者の人生をより豊かにする「感動体験」としての葬儀です。

その根底には「葬儀は人の生き方を変える力を持つ」という強い信念があると、今回のインタビューでは語られました。

どんな場所でも頑張っていれば誰かが見ていてくれる

―― こんにちは。今日から週に1回、葬儀屋の息子であるノブくんにインタビューさせてもらいます。

事の発端は、大手出版社の媒体でノブくんを取材した時です。さらにさかのぼれば、私の親族が亡くなり、ノブくんにお世話になった葬儀から始まっています。

葬儀はもちろんですが、それに先立つ自宅安置を取り仕切っている段階から、堂々としたノブくんの立ち居振る舞いには目を引く何かがありました。私の妻を含めた家族に対して、すごく突っ込んだ話を切り込んで聞いている姿も印象的でした。その時には、何のために話を聞くのか分かりませんでしたが。

その後、その聞いた話を、葬儀の司会進行の途中でナレーションのように物語る姿を見て大変驚いた記憶があります。

ひと通り葬儀が終わると、うちの小学生の娘たちも何かを察したんでしょうね。「あの人、イケメン」と言っていました。きっと、見た目だけの問題じゃなく、ノブくんの立ち居振る舞い全部を指した言葉だと思います。

葬儀が終わった後も、ノブくんについてはずっと記憶に残っていました。何か口実を見付けて会いに行かなければと頭の片隅で思ってもいました。

そのうち、子連れで葬儀に参列する際のマナーみたいな企画を立てて、大手出版社の運営する媒体の編集長に提案し、承認を受けて、取材の申し込みをしました。

それで、ノブくんの会社に足を運び、インタビューさせてもらいました。それが「葬儀屋の息子」とちゃんと話をした最初のタイミングでしたね。

葬儀屋の息子:取材の打診が来た時はびっくりしました。過去のリストを見返して、きっとこの人だろうと記憶をたどりました。

ただ、どんな場所でも頑張っていれば誰かが見ていてくれると信じていたので、その信念が確信に変わり、すごくうれしかったですね。

―― そのインタビューで実際に話し始めてみると、やっぱりノブくんは面白い人でした。「葬儀屋の息子」というキャラを立ち上げ、SNSでバズを生み、ショートムービーをつくるなど、掘り下げたいポイントが盛りだくさんでした。

盛り上がった話のほとんどは、本題の取材と関係ない話題ばかりでしたが(笑)

葬儀屋の息子:そうでしたね(笑)

―― でも、葬儀に参列した子どもに「サインして」と言われただとか、ナレーション原稿をほしがるお客さんがいるけれど最後の最後まで手直しするのでぐちゃぐちゃで渡せないとか、葬儀屋の息子の日常の風景がすごくすてきで、こうした話を残した方が面白いコンテンツになると感じました。

そう思ってあれこれ話しているうちにノブくん自身にも、

・自分自身の思いの部分をもっと伝えたい

・SNSで知ってくれた人に葬儀屋の息子の深い部分を知ってもらいたい

・ホームページの更新頻度が少ない

みたいな課題があると分かりました。

ならば、葬儀を「芸術」と考え、葬儀の演出を追求する葬儀屋の息子の日常を記録し続けていく「日記」みたいな連載をつくってみてはどうか。

ホームページ上にその内容を更新し続けていけば、これから葬儀サービスを必要としている人にも結果的に役立つ内容になるのではないか、そんな話になって、この「日記」づくりを始めようと決まったんですよね。

葬儀屋の息子:そうです。よりリアルな日常の更新は、やりたいけどできないもどかしさがあったので、痛いところに手が届く更新、ぜひお願いします、と思いました。

それに、マサヨシさんは、それを本当に楽しそうに、面白そうに取り組んでくださるように感じました。本当にありがたいですし、感謝しかないです!

―― それで、われわれは、出会ってから3回目くらいで、年齢差15歳くらいを軽く飛び越え、お互いをノブくん、マサヨシさんなんて呼び合うくらいに意気投合しました。

この連載のスタイルも、こんなカジュアルなトーンをあえて残した方が葬儀屋の息子の人柄が伝わるとノブくん本人からの提案があったので、現場での話し言葉に近いスタイルで残していきたいと思います。

仮説が確信に変わっていきました

―― さて、そんな第1回のインタビューを始めたいと思うのですが、今日を迎えるにあたって、何のテーマがいいのかなとずっと考えていました。

ノブくんに話を聞くとなればいろいろ切り口は思い浮かびます。ただ、その中でもやはり最初は、アルテふくの斎苑の最大の特徴である葬儀でのナレーション演出(※)について聞かせてもらうといいんだろうなと思いました。

先ほどもちょっと言いましたが、アルテふくの斎苑では、亡くなった方のご家族に踏み込んだインタビューをして、葬儀中の司会進行の一環として、ご家族の思い出や故人の言葉をナレーションとして届けるサービスを行っています。

あのようなサービスを提供する葬儀社は、少なくとも私の経験と記憶の中では類例がありません。正直、葬儀という時間はこれまで、お経を聞き、焼香を済ませ、故人との近さに応じて思いにふけるだけの場でした。

言い換えると、葬儀の場に、演出だとか、プラスアルファの工夫だとか、ドラマティックな感動だとかが生じる余地など今さらないと決め付けていたのですが、あのナレーションサービスはどうして生まれたのですか?

葬儀屋の息子:そこから掘り下げてくださるのですね。ありがとうございます。

あのナレーションサービスは、実家の家業を継ぐ、戻ると決める前から、構想として持っていました。実際に帰ってきて、社長である父親と社員に同行し始めて、何軒目かのお客さまとの打ち合わせで「どんなお父さんだったのですか?」と踏み込んだ会話をご家族と始めました。そこで聞かせていただいた話を、葬儀の司会進行の中で、ナレーションとして伝え始めました。

―― 最初、皆さんはどのような反応でしたか? 保守的な土地柄ですし、葬儀社を利用する方々から「こいつ、こんな場面で、何を言い出してるの?」みたいな空気はなかったのでしょうか?

葬儀屋の息子:もちろん、初めて聞いたお客さまからの驚きの声はあったと思います(笑)

―― ハハハハハ(笑)そうですよね。笑っては失礼かもしれませんが当然ありますよね。

葬儀屋の息子:はい。ただ、実際には、多くの方に好意的に受け入れていただけました。

例えば、聞いてもらえるだけでありがたいと喜んでくださる方もいましたし、亡くなった方とのいろいろな思い出を、あんなことがあった、こんなことがあったと楽しそうに語ってくださる方もいました。

また、自分からは恥ずかしくて言えない言葉を、僕の語るナレーションを通じて代わりに言えた気がして心がほぐれたという方もいました。

そうしたお客さまからのリアクションを通じて「こんなサービスをやってみたら受け入れてもらえるのではないか」という仮説が確信に変わっていきました。

―― 何か新しい挑戦をする時、普通は、常識や人の目を気にしてためらったり、踏み込みが甘くなったりするはずです。

特に、ノブくんの場合は、人の死を扱う葬儀の場面で、今までにない何かを始めようとしたのですから、大変な勇気だったと思います。

ただ、利用者から好ましい反応があったとはいえ、葬儀社の内部からは異論・反対が根強くあったのではないでしょうか。「クレーム来る前にやめとこうぜ」みたいな。

葬儀屋の息子:もちろん両親には、心配する気持ちがあったと思います。ただ、社長である父は、僕が何を始めるにしても、何も言わずに見守ってくれるか「好きにやってみ」というスタンスで応援してくれます。本当に感謝しています。

母親は、やっぱり母親なので、息子の始めることにはどうしても心配が勝ってしまっているようです。ですが、僕が全くブレないので、いい意味で諦めがついたというか、母親も応援してくれるようになりました。

―― 確かに、ノブくんはブレなさそう(笑)

葬儀屋の息子:はい。今となっては両親も一ファンとして、僕のナレーションを楽しみにしてくれています。時には、お客さんの反応や感想を伝えてくれることもありますね。

―― へー。それはすごい話ですね。

では、家族はいいとして、社員の方々はどうですか? 例えば、葬儀のマナーに関するインタビュー取材の時に同席してくださった栗田さんなんてどんな反応だったのでしょう。

まだ、栗田さんも若いですし、取材の最中、葬儀屋の息子的価値観に共感し、ノブくんを立てている感じでしたけれど、やはり最初は抵抗があったのではないでしょうか。

葬儀屋の息子:そうかもしれません。特に、ナレーションをいざ自分も行うとなると、少なからず抵抗はあったんじゃないかなと思います。

でも、跡継ぎの息子が戻ってきて、新しいことをいきなり始めるとなれば、そういった不安が社員の中に生まれるなんて当然です。

ネガティブな反応は最初から折り込み済みだったので、お客さまの反応や結果で信頼を勝ち得よう、社員本人にも体感して納得してもらおうと思っていました。

実際に、栗田の場合、本人のおじいちゃんが亡くなった時、僕がヒアリングして、葬儀の演出としてナレーションをしました。

その時、栗田は泣いてくれました。「本当に良かったです。小さいころのじいちゃんを思い出したし、家族・親戚も 『あんなナレーション初めて聞いたけど良かった』と感動してくれてました。ありがとうございました!」とうれしそうに後日伝えてくれました。

自分の家族の葬儀を通じて、僕がやろうとしている葬儀サービスの本質を、「人生の物語を体現する」という葬儀の演出の大切さを、栗田は体感してくれたのだと思います。

それ以降、同様のナレーションスタイルで栗田も、お客さまのために前向きに、一生懸命に仕事に向き合ってくれています。

葬儀業界における理想のサービス像を確立したい

―― そうなると素朴な疑問が浮かびます。そもそも、故人とご家族の思い出を振り返るようなナレーションを、葬儀の演出の1つとしてなぜやろうとしたのですか?

葬儀屋の息子:葬儀は、どんどん簡素化され、家族葬が増えて、規模が縮小し、火葬を代行するだけの場になりつつあります。

火葬を代行するだけのサービスなら、葬儀社が介在する意味などありません。いわば、葬儀社が、自分で自分の首を絞めるような方向に業界全体が向かっている気がします。

ですが、葬儀社の側から、何かを打ち出すといった新しい動きが出てきません。その背景には、死に対するネガティブなイメージとか、葬儀社で働く人たちの諦めがあると思っています。働く本人が、自分たちの業界に期待していないというか。

その意味で僕は、葬儀業界における理想のサービス像を確立したいと思っています。

―― 葬儀業界における理想のサービスとは具体的に何でしょう。

葬儀屋の息子:どんな業界でも、こんなアイスを食べたい、こういう結婚式をしたいといった理想のサービス像が頭に思い浮かぶと思うんです。ですが、葬儀には「あれが良かったー」みたいな理想のサービス像が存在しないと思いますがどうですか?

お客さまの記憶に最高の体験がないから、お客さまの側も期待しないし、葬儀社の側も切磋琢磨しないのだと思います。

しかし、葬儀業界はもっと憧れられるべき職業だし、夢を与えられる業界だと思っています。思い返してみると、葬儀屋は、僕が幼稚園のころの夢でした。

ケーブルテレビか何かで幼稚園生が「将来の夢は?」と聞かれるコーナーがあるじゃないですか。あれ、母親によると「僕の夢は、葬儀屋さんになることです!」と答えていたみたいなんです(笑)

―― ハハハハハ(笑)抜きん出ていますね。

葬儀屋の息子:もちろん、高校に入るころまではバレーボール日本代表に夢が変わりましたし、大学生以降は、自分で新しく事業を始めようと考えていた時期もありました。

でも、大人になるにつれて、両親を早く引退させて恩返ししたいだとか、世の中の葬儀の認識を覆していきたいという思いが強くなり、家業を継ぐ決意をしました。

そのくらい「アルテ」という葬儀屋は僕にとって宝であり、誇りであり、人生です。そして、お葬式には、どんな瞬間よりも人を幸せにする力があると思っています。だから、この業界を変えていきたいと思い、そのための1つの手段として、ナレーションを始めました。

―― お葬式には人を幸せにする力があるとの言葉がありました。そう断言できる理由は何でしょうか。

葬儀屋の息子:分かりやすく言えば、大切な人が亡くなっているからです。

お葬式代は、大切な人から学ぶ命の授業料だと僕は思っています。生老病死が人の目から遠ざけられがちな現代社会で「人の命は有限なのだ」といい意味で学べる唯一に近い場面が葬儀です。

大切な人の死に直面した時、「自分と家族を大事にしよう」「もっと命を大事にしよう」「残された人生、怖がらずにチャレンジしよう」と誰もが感じると思うんです。

その別れの場を演出し、涙の質を高めるお手伝いができれば、参列者の生きる時間を今以上に豊かにできると信じています。

だから僕は、葬儀に、今までにない工夫を取り入れようと思って日々仕事に向き合っています。

―― 聞けば、ノブくんが葬儀で読み上げるナレーション原稿を欲しいと希望するご家族もいらっしゃるみたいですね。

私自身も、身近な人が亡くなるたびに自分の人生を振り返り、残された人間としてもっと頑張って生きようと勇気をもらってきた気がします。まさに、ノブくんにお世話になった親族の時も同じでした。

各人が今生きている人生をもっと豊かに駆け抜けてほしいから人の死に日々真剣に向き合う、そんな葬儀屋の息子の生きざまがよく分かりました。

これ以上聞くと、1話1話のボリュームが大変な分量になってしまいそうなのでこの辺で今日は、いったん話を締めさせてください。

ノブくん、大切な話を今日はありがとうございました。

葬儀屋の息子:こちらこそ、聞いて下さってありがとうございます。よろしくお願いします!

葬儀屋の息子日記メモ
※ アルテふくの斎苑では、故人とご家族の記憶と物語を、葬儀場の空間に展示するボードで視覚化したり、司会進行のナレーションの中で伝えたりするサービスを行っている。そのドラマティックな進行演出は多くの利用者から高く評価され始めている。

一覧へ戻る